東南アジアに行かないといけない。
今行かないといけない。
自分の将来のためにとか、
国際協力がしたいだとか、
別にそういう理由はない。
明日行って、2020年にもう一度行ったら、
山も家も空気も人も全然変わっていると思う。
歴史のダイナミズムを肌で感じられる気がする。
だから今行く必要がある。
それを味わわないで死んでいくのはなんだかもったいない気がする。
****ここから完全にどうでもいい話****
今気付いたけど、
こういう精神的な「もったいない」の意味は「MOTTAINAI」にはない。
マータイの「MOTTAINAI」は地球資源に対する尊敬の意味だ。
つまり、世界の言葉「MOTTAINAI」はモノに対するリスペクトでしかない。
(参照→http://www.mottainai.info/about/)
「食事」という意味が「diet」にはあって
「ダイエット」にないのと同じかな。
日本人が外国語を学ぶとき、カタカナ語が学習の障害となることが時々ある。
僕も高1の頃、ある英文が全然理解できなかった。
「diet」を「減量」と訳して読んでいたのだ(実際には「diet」は「食事」の意味だった)。
カタカナ語として「ダイエット」を知りすぎていたからこその誤読である。
サプリメントの話で「減量」も関係しそうな話だったから余計に混乱した。
(って今考えたらよく練られた教材だなぁ・・・)
さてさて。
これだけ「MOTTAINAI」が世界に浸透してしまうと、少し困ったことが起こるかもしれない。
日本語を学ぶ外国人が「もったいない」の精神的意味の広がりに戸惑うかもしれないのだ。
さらに「かたじけない」「ありがたい」という意味の「もったいない」は、
純日本的な表現であり、外国人には極めて理解しがたいだろう。
って取り越し苦労だよなぁ・・・。
2008年03月29日
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